筋肉の基本的な作用と構造の説明
肩こり・腰痛などの運動器疾患や冷え性・胃腸の機能障害などの自律神経系のトラブルに対して当院で行っている鍼灸マッサージ治療において、主な刺激の対象は筋膜と筋肉(骨格筋)です。
ここではその筋肉について簡単にご説明いたします。
総論
骨格筋(以下、筋肉)は体重の40~45%を占めています。
筋肉は一部の例外(外肛門括約筋など)を除き関節をまたいで2つの骨に付着しています。
筋肉には骨格筋・心筋・平滑筋の3種ありますが、鍼灸マッサージの対象は骨格筋で、一般的に言うところの“筋肉”です。(心筋は心臓の筋肉、平滑筋は胃袋や腸など内臓を動かす筋肉です。)
役割・作用
・運動(=縮むことで2つの骨を近づけるため関節が動く。その連続によって身体動作が生み出される。)が一番の代表例ですが他には以下のものがあります。
・姿勢の保持
・代謝を上げる(発熱作用)
・保護機能(体を衝撃から守る)
・免疫力を上げる
・最近では特に内分泌器官としての筋肉も注目されます。これは運動刺激によって筋肉がマイオカインと呼ばれる生理活性物質(ホルモン様物質・ペプチド)を分泌する
分類
骨格筋の分類の仕方もいくつかありますが、
治療に関係する分類の仕方として
速筋、遅筋、中間的性質のものに分けることが出来ます。
速筋は収縮速度が速く短時間の強い力を出すのに優れています。ミオグロビンという赤い色をした酸素結合タンパクが少ないため白く見えるため白筋とも呼ばれます。白身の魚をイメージされると分かりやすいです。
遅筋は持続時間は長いですが収縮速度が遅く、ミオグロビンを多く含むため赤くみえるため赤筋とも呼ばれます。マグロなどの赤身のお魚です。
姿勢維持にはこちらの筋肉が使われるので長時間のデスクワークなどで肩こりや腰痛になるのは主に遅筋の血行不良が原因になっていると考えられます。
その中間の性質を持った筋肉はピンク色をしており最近ではピンク筋など通称されることもあります。
筋肉の基本的な構造
下図はマクロレベルからミクロレベルまでの筋肉の様子です。
例えば「上腕二頭筋」といった一つの筋肉は、数千もの細長い筋繊維の集まりで構成されています。
筋繊維が筋肉の細胞にあたります。筋線維は直径が0.01~0.1mmで、長さは数センチから長いものになると30cmほどになります。
(Fig.1)
(出典: 『シンプル生理学』貴邑ほか, p.33)
*サイズ感の説明:大きさの単位がピンと来ないかもしれませんのでご参考までに。
太さ: 筋肉(数cm)は、筋束(数mm)の集まり、筋束は筋線維(0.01~0.1mm)の集まり、筋線維は筋原線維(数μm)の集まり、筋原線維は筋節(サルコメア:10nm)の集まりという構造になっています。()内の数字と単位は平均的な直径
*最先端半導体の回路線幅が数nmといった話がありますが、筋節はそういったレベルの小ささです。
*臨床においては筋束レベルまでが触知可能で直接の治療対象と言っていいと思います。
*1μm(マイクロメートル)は1000分の1 ミリメートル
*1nm(ナノメートル)はμmの1000分の1ですから、100万分の1ミリメートルになります。
これらはそれぞれ、筋内膜、筋周膜、筋外膜など、筋線維の周囲にある膜状のコラーゲン性の結合組織によって仕切られて包まれています。
このように筋肉は、部分の集合がひとつ上位の部分となり、その部分の集合がまた一つ上位の部分を構成し…の連続で出来上がっており見事なフラクタル構造をしています。
*生物の身体はこういった構造が多く、他にも血管や腸壁もフラクタル構造の典型例です。
生物の身体は限られたスペースを無駄なく利用するため、また、遺伝情報の設計的負担という点から考えた場合、単純構造の再帰的な適用で済むので効率的ですし、情報の負担量が少なければ発生時や細胞分裂時にエラーの生じるリスクも少ないと言えますので進化の過程でこういった構造が選択されてきたと考えられます。
コリや治療に関わる大切なこと
この一本一本の筋線維は「結合組織」と呼ばれるコラーゲンやエラスチンと言った線維性のたんぱく質により網の目のように取り囲まれており、その結合組織の中を血管や神経が通っています。筋線維一本一本に栄養を届けたり老廃物を回収するためこのような細かな血管が隅々まで張り巡らされているというのが凄いことです。これらの代謝が追い付かず血行不良が起こることで筋肉の張り→こりになっていきます。
(Fig.2)
(出典: 『やさしい自律神経生理学 生命を支える仕組み』 鈴木ほか, p.114.)
意外に思われるかもしれませんが、ある筋肉の長さが端から端まで20cmあったとしてもほとんどの場合、筋繊維はそれよりも短く、筋線維は網目のように取り囲んでいる結合組織に付着しています。
つまり筋線維は、筋膜などの結合組織の網のどこかから始まり結合組織の網のどこかに付着して終わるという構造になっています。
筋肉というと一般に平行筋がイメージされると思いますが、人体に平行筋は少なく羽状筋などがほとんどです。
(Fig.3) 平行筋と羽状筋
(出典: 『筋肉学入門』石井, p.48)
平行筋と比較して羽状筋は、筋線維の長さは短くなりますが、その代わり力学的に並列に並ぶ筋線維の数が多くなり、機能的断面積が大きくなるので結果として出せる力が大きくなるという利点があります。
運動作用のメカニズム
実際に収縮活動を行っているのは最小単位である筋節(サルコメアと言います。Fig.4参照)です。
1つの筋細胞(=筋繊維)はおよそ1万のサルコメア(筋節)により構成されています。
サルコメア(筋節)1つ1つの長さが短くなることが筋肉が収縮するということであり、サルコメア(筋節)の長さが戻ることが筋肉が弛緩することです。弛緩時には2.5μm、収縮時は2μmほどになります。
具体的には、筋小胞体から放出されたカルシウムイオンにより、アクチンというたんぱく質が作る細いフィラメントがミオシンというたんぱく質が作る太いフィラメントの間に滑り込むことで筋肉が収縮します。
(Fig.4) サルコメア(筋節): アクチンとミオシン
(出典: 『シンプル生理学』貴邑ほか, p.34)
この2つのフィラメント(+その他諸々)がサルコメア(筋節)という収縮の最小単位を構成します。
このサルコメアが上下、左右、前後に無数に足あわされて「筋原線維」ができあがり、
筋原線維がたくさん集まって「筋線維」(=筋肉細胞)になります。
1つの筋節(サルコメア)が発揮する力
1つの筋節が縮む力も計測されており、石井直方氏らの研究によれば、1つのミオシンの頭部が発揮する力は2ピコニュートンという事です。
1ニュートンは、1kgの質量を持つ物体に1m/s2の加速度を生じさせる力を言いますが、1ピコニュートンとは、1兆分の1ニュートンです。
このわずかな力の集合で目に見える運動を作り出しています。
全身の筋肉の総量から単純計算をすると一人の身体の筋肉が潜在的に持っている筋力は17トンにもなります。
参考文献
『筋肉学入門 ヒトはなぜトレーニングが必要なのか』; 石井直方, 講談社, 2009.
『シンプル生理学』; 貴邑冨久子, 根来英雄, 南江堂, 2016.
『やさしい自律神経生理学 生命を支える仕組み』; 鈴木郁子, 中外医学社, 2015.
『生理学』; 佐藤優子, 佐藤昭夫, 医歯薬出版株式会社, 2003.