治療師の経験年数は治療効果に関係なし?
臨床に従事している経験年数が治療の効果と関係ないことを示した論文について
非常に興味深く、かつ示唆に富む論文を見つけましたのでご紹介します。
おそらく現場で治療に当たっている治療者達からすると「とんでもない結果だ、そんなことはあるはずない」と言いたくなる内容だと思われますが、十分な数の被験者数を集めて調査して出たですので結果をまるまる否定するのは妥当ではありません。
むしろある視点から見ると妥当な結果と思えます。
1つ目の論文:治療師の経験年数や受けたトレーニングの時間の長さは治療効果に関係なし
2つ目の論文:治療効果に影響する患者側の要因
治療師の受けたトレーニングの長さと経験年数は鍼治療の効果に影響するか?
実験内容
慢性痛に悩む患者(腰痛・頭痛・変形性膝関節症・変形性股関節症・首の痛み)9,990人を対象に、平均10回の鍼治療を行った。(治療師は2,781人)
治療前のレベルを基準に、3か月後の変化を調べた。
結果
→ 鍼を受けたことによる慢性痛に対する改善効果が認められた。
しかし、治療師が受けたトレーニング期間の長さや、臨床に従事している経験年数は効果に影響していなかった。
論文)
Physician Characteristics and Variation in Treatment Outcomes: Are Better Qualified and Experienced Physicians More Successful in Treating Patients With Chronic Pain With Acupuncture?; Claudia M. Witt., et al., The Journal of Pain : Official Journal of the American Pain Society, 01 May 2010, 11(5):431-435.
治療効果に影響を及ぼす患者側の要因
実験内容
慢性痛の患者(腰痛・頭痛・変形性膝関節症・変形性股関節症・首の痛み)を対象に、鍼治療を行った。
患者9,990人に対し、治療師は2,781人。
治療前のレベルと治療開始 3か月後の変化を比較した。
結果
→ 鍼による慢性痛の改善効果が認められた。
鍼の効果が高くなる患者側の要因は、女性であること、複数人(家族と)で暮らしていること、この研究前に他の療法で治療に失敗していること、以前に鍼で良い経験をしてること
*他の要因(期待感やその他の精神的要因など)についても今後調査を続けていくとのこと
論文)
Patient Characteristics and Variation in Treatment Outcomes; Lena Schützler., et al., The Clinical Journal of Pain, 01 Jul 2011, 27(6):550-555.
これらの研究結果をどのように解釈するべきか?
まず、2つ目の論文が研究対象としている「患者側の要因」については鍼の効果の出やすい人の特徴がこういうものでした、ということなのでそれに対する是非の問題というより単純に参考になる知見としてありがたい内容です。治療が行いやすく(治療の計画・予測が立てやすくなる)なります。
論文の著者も述べているように今後、他にもあるであろう要因(負の要因も含めて)も明らかにされていくことを望みます。
*この論文の内容と直接関係ある事柄ではありませんが、当院での患者様の性別の内訳は女性の患者様の数が圧倒的に多い(7割以上が女性患者)です。他の治療院も同じような傾向なのでしょうか?
さて、問題は1つ目の論文(治療師側の要因)ですが、これをどのように解釈すればよいのでしょうか?
まず、施術者側からすると認めたくない結果ですが、これだけの人数を集めて調査した結果ですので何の根拠もなく否定するというのは正しい態度ではありません。
→ この論文を見る場合の重要な2つの視点:①「効果」の内容、②実験として行う場合の制約
①「効果」とは?
とても大事な視点として、鍼(に限らずマッサージやカイロプラクティック、整体 . . . 、などいわゆる手技療法)の効果を調べる場合、何に着目するか?、つまり「効果」とは何を指しているのか?という点に注意する必要があります。
今回調べたのは慢性痛患者の「痛み」のレベルの変化です。治療を受ける場合の動機は痛みを取りたい、ということなので当然のように思えます。
しかし、ほとんど話題になりませんが治療する場合、「鎮痛効果を得る目的」なのか、その「痛みの原因となっている筋硬結・筋膜の異常を解消する目的」なのかで内容が大きく異なります。
ツボに鍼を打つ、というような鎮痛効果を得る目的の治療の場合、あらかじめ決められたツボに打つ訳ですから誰が打っても同じ効果というのは当然の結果です。
②実験として行う場合の制約
実験を行う場合、条件を整えることが必要なので、どの太さの鍼を何本使用するか、どこにどれくらいの深さ刺入するか… などを統一しないといけません。
実験環境から離れてそもそもどのツボを選定するかという点で自由度が与えれていれば治療師の経験年数によって鎮痛効果に多少の差が出ることは考えられますが、大きな差になるかは疑問です。古来から伝わる「この場合はここに打つ」というのはそう大きく変化するものではないからです。
むしろ差が出るとすれば全体で何本打つか、どの太さの鍼を選択するか、深さや雀琢を加えるかなど刺激量の選択が大きなものになると思われます。
つまり、実験環境を離れて自由に治療を行った場合、鎮痛目的の施術であっても経験やセンスによる差は当然出ると考えられますが、こういった部分は研究対象になりにくいという限界があります。
もし治療師側の経験年数などによる違いを浮き彫りにしたい場合、実験デザインをツボの選定から使用する鍼の本数、太さ、刺入の深さに至るまで自由に選択させるような形にすればよいと思われます。おそらくこのような実験をすれば経験年数による差が出るのではないかと予想します。
「効果」についての別の見方
①の「効果」をツボに打つことによる痛みのレベルの変化(=鎮痛目的)とせずに、ドライニードリングの手法、つまり筋硬結の解消による痛みの変化とした場合は、(経験の「年数」に依存するかは分かりませんが)技術の差による効果の違いが非常に大きなものとなります。
コリに正確に鍼を当てていく作業だからです。
また刺激量の選択という意味でも経験の差が大きく出ます。
また、もう一つ異なる視点として、
日本対海外という見方
日本対海外でこの論文を眺めるという事もできます。
つまり、この研究が海外で行われているという点に着目してみます。鍼は痛いのか?で言及しましたように、①鍼の太さ、②刺入する深さの点で日本と海外では(標準的な治療において)違いがあります。
①鍼の太さの点
海外で好んで使用されるような太い鍼は、それ自体が侵害刺激となりうるので基本的にどこに刺してもポリモーダル受容器が反応し確実に一定以上の効果が得られることになります。
これに対し、日本で好んで使用される細い鍼で治療を行う場合は、技術の差が出やすくなります。デフォルトの刺激が小さいので古来から伝わるツボの位置に機械的に打たずその周囲で悪そうなところを探って打つことが一般的に行われています(この点をとらえるとドライニードリング的な運用法とも言えます)。
②刺入する深さの点
この論文は海外での鍼治療が舞台ですので日本のような皮膚・皮下組織だけという治療ではなく筋肉に到達する深さまで刺入されているので、その点においても一定以上の効果が得られるやすくなります。(鎮痛目的であっても、皮下組織内にとどまる刺激と筋肉層に至る刺激では効果が大きく異なります。)